大分地方裁判所 平成6年(ワ)377号 判決 1997年1月17日
原告
隅田眞壽美
被告
岩﨑加代子
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金八八〇万九一七九円及びこれに対する平成五年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が原動機付自転車(以下「原告車」という。)を運転中、被告の運転する軽四輪貨物自動車(以下「被告車」という。)に衝突されて転倒し、負傷したとして、被告に対し、自賠法三条に基づき、損害賠償を求めた事案である。
(争点)
一 被告車の運行と原告の負傷との間の因果関係の有無
(原告の主張)
1 原告は、平成四年一一月二〇日午前七時四五分ころ、原告車を運転して、大分県別府市扇山町七組の四付近交差点内を徐行して直進していたところ、右方より進行してきた被告車に衝突されて転倒し、顔面打撲及び挫創、両側膝部挫創及び打撲、左手打撲、左膝関節捻挫の傷害を受けた。
2 仮に、原告(車)と被告車との衝突の事実が認められないとしても、原告は、被告車との衝突を回避しようとして転倒したものである。
(被告の主張)
1 原告(車)と被告車とが衝突した事実は認められない。
2 原告の仮定的主張についても、被告車の停止位置からすれば、原告車の走行を妨害したとする余地はなく、原告の一方的過失により、転倒して負傷したものである。
二 損害額(治療費、入院諸雑費、休業損害、傷害慰謝料、後遺障害慰謝料、逸失利益、弁護士費用。なお、原告が、自賠責保険から、損害の填補として金一〇〇万七八九〇円を受領したことは当事者間に争いがない。)
三 過失相殺(被告は、仮に、被告車が原告車の進路を妨害したとしても、交差点内における事故であることを考慮すれば、原告車において、右方より交差点内に進入した被告車の動静に関する注意を怠り、かつ、運転操作を誤つて転倒したという過失を勘酌すべきであると主張し、原告は右主張を争つている。)
第三当裁判所の判断
一 争点一について
1 証拠(甲一、二、七、八、一〇、一三の1、2、一四、乙一ないし三、四の1、2、五、調査嘱託の結果、証人川野隆二、同岩尾保憲、原告本人(一、二回。但し、後記採用しない部分を除く。)、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められ、原告本人尋問の結果中、この認定に反する部分は、前掲その余の各証拠に照らし、採用し得ない。
(一) 本件現場は、別紙交通事故現場見取図1及び2(以下「別紙図面1」などという。)のとおり、ほぼ東西に通じる幅員約五・七メートルの市道とほぼ南北に通じる幅員約四・〇メートルの市道の交差する大分県別府市扇山町七組の四付近交差点(以下「本件交差点」という。)内である。もつとも、「松崎方」居宅の位置については、右各図面に記載された位置よりも、やや東側に位置していた。
(二) 被告は、平成四年一一月二〇日午前七時四〇分ころ、助手席に子供(当時四歳)を乗せて、被告車を運転して自宅を出て、自宅前の道路である前記東西に通じる市道を西から東に向かつて進行した後、本件交差点内において、左側面を下にして倒れている原告車とともに転倒している原告を助け起こすために、停止中の被告車から降り、原告の転倒している所まで行き、同人を助け起こした。その様子を約五〇メートル離れた地点で現認して現場に駆けつけた甲斐締雄(以下「甲斐」という。)は、被告に対し、警察に連絡した方が良い旨の助言を行つた。これに対し、被告は、「だつて、私の車に当たつて転倒したのではないですよ。」と返答して、当初、自ら警察に連絡することを躊躇したが、甲斐の再度の助言を受けて、自宅まで徒歩で戻り、同所から警察に電話で連絡し、再び現場に戻つた。
(三) その後、被告からの連絡を受けて現場に到着した別府警察署の司法警察員岩尾保憲(以下「岩尾」という。)により、同日午前八時二〇分ころから実況見分が行われたが、原告は、救急車で病院に搬送されたため、同見分に立ち会うことができず、被告のみが立ち会つた。被告は、右実況見分の際、岩尾に対し、原告車と被告車とは衝突していないと申し立て、当時の状況につき、(1) 自宅から三〇メートル程離れた別紙図面1記載の<1>地点(以下、同図面上の位置は、同図面記載の記号のみで表示する。)において、同図面の南北に通じる道路を北から南に向かつてふらつきながら進行している原告車を<ア>地点に発見した、(2) 被告車は、<1>地点を通過した後、同地点から三・五メートル進行して<2>地点で停止した、(3) 一方、原告車は、<ア>地点を通過した後、同地点から七・二メートル進行した<イ>地点で転倒した旨指示説明した。そこで、岩尾は、被告の申立ての真偽を現場の状況に照らして確認すべく見分を行つたが、その結果、被告車の前部バンパーを太陽の射光線の下で見たところ、全体に埃が付着しており、新しく埃が払拭された痕跡が認められなかつた他、同車両前部バンパー部分には、原告車との接触を示す痕跡は全く認められなかつた。他方、現場の塀に立て掛けられていた原告車の右側部分にも、衝突を示す痕跡は認められなかつた。また、岩尾は、a地点からb地点までの約〇・八メートルにわたり、路上に真新しい擦過痕を認めるとともに、原告車の後部に設置されているステツプ(スタンド、車体を立てる金具)の左側角にも光つている真新しい擦過痕を認めたため、双方を照合し、右路上の擦過痕が原告車のステツプが路面と接触した結果生じたものであると判断し、また、右路上の擦過痕のほぼ延長線上にある<イ>地点付近には、ガソリンがこぼれており、アスフアルトが変色していたことから、被告の指示説明と併せて<イ>地点を原告車の転倒地点であると特定した。岩尾は、実況見分の結果、原告車の転倒位置と被告車の停止位置、両車両の状況その他現場の状況に照らし、被告の申し立てたとおり、両車両は衝突していないと判断した。
(四) 原告は、搬送先の大分県厚生連鶴見病院形成外科において、顔面打撲及び挫創、両側膝部挫創及び打撲、左手打撲、左膝関節捻挫の診断を受けた。
(五) 岩尾は、平成四年一二月一日、原、被告双方立ち会いの上で、再度、本件現場の実況見分を実施したが、その際、原告は、原告車と被告車とが衝突したと申し立て、(1) 別紙図面2記載の<3>地点(以下、同図面上の位置は、同図面記載の記号のみで表示する。)において、<ウ>地点に被告車を認めてブレーキをかけた、(2) 原告車は、被告車と<×>地点で衝突し、原告は、原告車とともに<4>地点に転倒し、被告車は<エ>地点で停止した旨指示説明した。他方、被告は、前記一回目の実況見分の際と同じ指示説明を行つた。
(六) 被告車の停止位置は、停止後、実況見分終了までの間、変動がなかつた。被告車が停止した後、普通乗用自動車を運転して本件現場に至り、被告車の直ぐ後方に停止した川野隆二は、被告車が、<2>地点と<エ>地点のほぼ中間の位置に停止しており、かつ、被告車の先端は、本件交差点の中央点までは達しておらず、同点からは相当程度離れた位置(<イ>地点から相当程度離れた位置)に停止しているのを確認した。すなわち、被告車の停止位置と松崎方居宅との相互の位置関係は被告の指示説明にほぼ沿つていたものの、前記(一)のとおり、松崎方居宅の実際の位置は別紙図面1及び2に記載された位置よりもやや東側であつたことから、被告車の停止位置についても、<2>地点よりもやや東側であつたことになる。
(七) また、被告車の進行方向から本件交差点の右方の見通しは全くきかないことから、同交差点に進入する際には、直前で一旦停止して右方の安全確認をしなければ右方の状況が把握できないため、被告車の<1>地点における速度は徐行に準じる程度の低速度であつた。他方、原告車の速度は被告車の速度よりも速く、かつ、転倒するまでの間、ブレーキを掛けていなかつた。
2 ところで、原告と被告とは、各本人尋問において、それぞれ、ほぼ前記1認定の実況見分における各指示説明の内容に沿つた供述を行つているところ、同認定の各事業を総合すれば、原告が転倒し負傷するに至る状況については、被告の指示説明及び被告本人尋問の結果中の供述のとおりであり、被告は、<1>地点において、同図面の南北に通じる道路を北から南に向かつてふらつきながら進行している原告車を<ア>地点に発見したが、同車は、その後、車体を左側に傾けながら<イ>地点まで進行して同地点で転倒し、他方、被告車は、<1>地点を通過した後、<イ>地点からは相当程度西側に位置する地点で停止したものと認めるのが相当であつて、原告本人尋問(一、二回)の結果中、この認定に反する部分は採用し得ない。(原告は、原告(車)と被告車との衝突を裏付けるものとして、原告の右膝部打撲の受傷をあげているが、前記1認定のとおり、原告車の右側部分には衝突を示す何らの痕跡も残つておらず、しかも、同認定のステツプの擦過痕の存在に照らせば、原告車は、転倒する直前、車体をかなり左側に傾けて走行していたものと認められるから、右受傷の事実をもつて、右衝突を裏付けるには足りない。また、原告は、原告車のステツプにつき、縷々主張しているが、証人岩尾保憲の証言によれば、現在、原告車に設置されているステツプと岩尾が見分した際に設置されていたステツプとは設置場所及び構造が異なつていることが認められるから、現在、設置されているステツプを前提にした原告の主張は理由がない上に、ステツプに路面との擦過痕が生じた場合、車体の左側部分にも擦過痕等が生じるはずであるとの原告の主張についても、証人岩尾保憲の証言によれば、同人の長年の職務上の経験に照らし、ステツプだけが路面と擦る場合もあることが認められるから、理由がない)。
3 他に、原告(車)が被告車に衝突されたことを認めるに足りる証拠はなく、これを前提にした原告の主張は理由がない。
4 さらに、原告は、仮に、原告(車)と被告車との衝突の事実が認められないとしても、原告は、被告車との衝突を回避しようとして転倒したものである旨主張する。しかしながら、右主張を直接裏付けるに足りる証拠はない(原告自身も、本人尋問において、右主張に沿つた供述を行つていない。)上に、前記認定の被告が<1>地点において<ア>地点に原告車を認めた際、既に、原告車はふらふらしながら進行していたこと、<1>地点における被害車の速度は徐行に準じる低速度であつたこと、被告車の停止位置は、原告車の進路を妨害するものではなかつたこと、原告は転倒前にブレーキを掛けていないこと等の事実に照らせば、原告が被告車との衝突を回避しようとして転倒したとまで認めることはできない。
5 以上によれば、被告車の運行と原告の負傷との間の因果関係の存在を認めるに足りない。
二 よつて、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
(裁判官 高橋亮介)
交通事故現場見取図1
交通事故現場見取図2